太陽の塔 世界遺産への道を考えるフォーラム

「太陽の塔を世界遺産に」という市民活動が動き出しました。太陽の塔が大好きな市民や、EXPO‘70で活躍した各界の人々、学者、それにユネスコ協会・万博公園・国立民族学博物館・府市の関係者ら70人近くが集まって開かれた「太陽の塔世界遺産への道を考えるフォーラム」(8月29日)がその第一歩です。

私も立ち上げに関わらせていただいたこの市民運動は、今後 エキスポ‘70の意義と、テーマ館だった太陽の塔からのメッセージを広げるために活動を続けて行きます。来年は愛知万博開催の年であり、またEXPO’70開催35周年ですからやるべきことは沢山あります。皆さんのご協力が必要です。

今回のフォーラムについて、大阪府千里センター企画総務課が発行されている新聞 「千里」が特集を組んでくださいました。その記事があまりにも良くまとまっていたので、それに従って当日の様子をご報告致します。

今回のフォーラムは①太陽の塔からのメッセージ ②活動が地域にもたらす影響 ③今後の活動の仕方 などについて、20人近いパネラーが発言する形で行われ、最後に「フォーラム宣言」が採択された。

太陽の塔は“わが太陽”

「戦後生まれのものにとっても、太陽の塔は思い入れのある文化財」とするのは、この日のコーディネート役、橋爪伸也さん(大阪市立大学大学院助教授)幼い頃からの太陽の塔ファン。「以前共著で『太陽の塔を国宝に』と書いたが、今では世界遺産にとの思いが募っている。宇宙遺産という人もいますね」と切り出した。EXPO‘70を経験した人たちにとって、太陽の塔への懐かしさと思い入れはひとしおのようですが、「太陽の塔のあるまちで生まれたことを誇りにしている」という若者たちが準備委員会に名を連ねていることも紹介された。

「太陽の塔は生きている現代人の思いそのもの」というのは万博当時記者として活躍した中村鋭一さん(元参議院議員・吹田市)「1970年という年は、第二次世界大戦以後もっとも平和で安定した年であり、千里ニュータウンも完成した年だった。日本では高度成長時代のピークであった。月の石やソ連宇宙船ボストークが展示され宇宙時代も開幕。入場者6400万人は今も破られない記録だが、それ以外にも他の万博とはどこか違うものだった。そんなEXPO‘70のへそとしての太陽の塔は、平和と産業・文化・科学の象徴として後世に伝承すべき世界遺産だ」と指摘し「体を張ってでも実現させたい」と熱弁をふるった。

今、生きている遺産として

EXPO‘70のテーマ館のプロデューサーは岡本太郎さんだが、太郎さんの下でサブプロデューサーとして活躍したのが小松左京さん(作家)。小松左京さんは、「ユネスコが世界遺産登録を始めたのは国際時代から地球時代になったことのあらわれ。その大きなモニュメントとして太陽の塔が存在する。外見上のインパクトだけでなく、中身全部が生命の進化の展示場であることが大きな特色である。みんなで守り育てるために世界遺産登録を受けられたらと思う」と発言。

 岡本敏子さん(岡本太郎記念現代芸術振興財団理事長)は「多くの世界遺産と違って、太陽の塔は現代のストーリーをもつ展示館であり、生きている遺産です。そんな考え方で運動していってほしい」と訴えた。

思い切ったコンセプトで

大久保昌一さん(大阪大学名誉教授)は「世界遺産の定義を広げるようなコンセプトを太陽の塔から発信できないものか。岡本さんの意見は立派なコンセプトだと思う。太陽の塔はEXPO‘70の遺産だが、同時に先端的な文化の要素という面も持ち合わせている」と話し、世界遺産登録へともに頑張りたいと述べた。

 生きた遺産という観点では、太陽の塔の前で莫大な資料のデジタル化をしている畑 祥雄さん(彩都IMI大学院スクール総合監督)も共通意見。「わが校は太陽の塔のある学校として全国から人材が集まってきています。太陽の塔の恩恵です。万博記念公園には場の力があり、いろいろな可能性を持っていると思う。これを大きな財産として活用される施策が欲しい」との期待を寄せている。

楽しいまちづくりという観点で

 寺口瑞生さん(千里金襴大学助教授)は、熊野古道世界遺産登録の際、学術調査で参加しましたが、その経験から「世界遺産登録へのプロセスは、地域を元気にする要素を持っている。いろんな世代がいろんな楽しみ方をやっていけば道は開けると思う」と話した。

 既に大阪府議会・吹田市議会は国立国際美術館などの有効活用を国に要望するため全会一致で採択しているが、世界遺産への道づくりは、地域の活性化、まちづくりと大きな関係があるという意見は、その後の懇親会などでもたくさん聞かれた。

 フォーラム後、設立準備委員会(代表幹事代行山口克也さん、松岡要三さん)では「研究会やフォーラムを重ね、より多くの人が活動に参加していただければ」と話している。

 

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