第三章 東京への一極集中と少子化問題

東京への一極集中の原因

日本では三度にわたって地方圏から大都市圏に大量に人口が移動しました。
第一期は1960年~1970年代前半までの高度成長期で、経済力の地域間格差がピークとなり、地方の若者が集団就職により、三大都市圏に集積した重化学工業の労働力として移動しました。人口移動の第二期は1980~1993年、バブル経済期を含む時期で、東京圏がサービス業、金融業を中心に著しく成長を遂げ、一方で地方に立地する重化学工業は円高により苦境を迎えました。このため、東京都と地方の地域間格差は拡大し、地方から東京圏への人口流入が大きく進みました。なお、関西圏、名古屋圏の人口は横ばいでした。第三期は、2000年以降の時期で、円高による製造業への打撃、公共事業の減少、人口減少等により、地方の雇用減少が悪化し、若者を中心に人口の東京圏への移動が起こりました。総務省などの研究によると、東京と地方の有効求人倍率の差の推移と人口移動の推移は、きれいに一致しており、人口移動が、両者の経済・雇用の格差により生じていることが明確になっています。

日本では、1972年に田中角栄首相によって発表された「日本列島改造論」や大平政芳首相の研究会によって発表された「田園都市国家の構想」があり、活力がある多様な地域社会を作るための努力が行われましたが、多くは地方の人口を支えるだけの雇用創出につながっていません。総面積で全国の3.6%に過ぎない東京圏に、全国の4分の1を超える3500万人が住み、上場企業の約3分の2、大学生の4割以上が集中し、一人当たりの住民所得では全国平均の1.2倍、銀行貸出金残高は半分以上を占めるという現状が、東京圏への果てしのない人口集中を示しています。いま、地方の雇用減少をかろうじて食い止めているのが、「医療・介護分野」での雇用だというデータもありますが、今後地方において高齢者を含めて人口減少ステージに入ると、医療・介護ニーズも横ばいとなり、地方の雇用が減退すると予想されています。

地方から大都市圏へ移動した人口は、累積すると1147万人(1954~2009)と言われていますが、大都市は、流入した若年層にとって結婚して子どもを産み育てる環境としては望ましいものではありませんでした。東京都の出生率は2013年で1.13と際立って低く、東京は日本全体の人口が吸い寄せられるブラックホールのようになっています。今後東京都に流入した労働者が高齢化し、東京は高齢化率35%の超高齢社会になると予想され、医師や介護施設への需要が高まります。このため、地方を支えていた医療・介護の分野の人材が地方から東京圏へ大量に流出するのではないかと懸念されます。

東京都の高齢化の現状

東京圏の高齢化の現状と予想を見ておきます。地方の高齢化率が上昇する中で、東京圏には若年層が流入し、高齢化率の上昇を抑制していました。2000年において、高齢化率は全国平均で17.3%であったものが、東京圏(埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県)では14.4%、2010年には、全国23%に対して東京圏20.5%でした。ところが、2020年には東京圏の高齢化率は26%を超え、2040年代以降は40%程度で推移すると予想されています。

これに伴い増加する、医療・介護ニーズが厚生労働省により予想されています。医療ニーズについては、医療機関の入院ニーズは、75歳以上の高齢者数の推移にほぼ連動し、入院ニーズは2015年から2025年までに全国で12%、東京圏で22%増加し、2040年までに全国で18%、東京圏で39%増加します。外来ニーズは総人口の減少によりそれほど伸びず、2015年から2025年までに全国で横ばい、東京圏で5%増となり、2040年までに、全国で8%減、東京圏で4%増となります。

介護の増加率の方が、より大きいのです。介護ニーズは2015年から2025年までに全国で29%増、東京圏では45%増、2040年までに全国で53%増、東京圏では85%増になります。
介護についてサービス別に見ておきます。東京都高齢者保健福祉計画(平成27年~29年)による、2013年と2025年の比較は次の通りです

介護老人福祉施設および介護老人保健施設の利用者数     1.5倍
訪問介護のサービス量                   1.5倍
短期入所サービス                     1.9倍
定期巡回・随時対応訪問介護看護              8.3倍
小規模多機能型居宅介護                  3.4倍
看護小規模多機能型居宅介護                27.4倍

東京圏の高齢化危機を回避するために

日本創生会議・首都圏問題研究会は、東京圏の高齢化危機を回避するための方法として以下の手法を挙げています。

外国人介護人材の受け入れを推進、ICTやロボット技術の活用、人材配置基準の緩和、
保育と介護などの資格の融合によるマルチタスク型の人材の育成、医療・介護分野の一人当たり付加価値を向上し、賃金水準を高める方向に

既存の医療。介護施設を最大限活用するために、コンパクトな都市構造を目指し、都市機能を集約し、高齢者が徒歩や公共交通手段でサービスにアクセスできる地域に住むよう誘導、大規模団地についても、高齢者の活躍する場の確保や医療・福祉拠点の整備、
若年世帯の転入促進などにより再生を図る。空き家の敷地統合を促進し、医療・介護拠点に転用

東京圏では都県の境界を越えて医療・介護サービスが利用されている現状を踏まえると、東京圏の行政主体がしっかりと連携していく枠組みを構築する必要がある。

かつては60代前半に大都市の高齢者の相当数が地方へ移住していたが、近年こうした動きがなくなってきている。その原因としては、大都市の企業において高齢者雇用延長等が増えており、それをきっかけに大都市部に住み続けるケースが増えたのではないかと考えられる。しかしながら、年金生活をする高齢者の場合、現役世代より、物価の安さ、住宅環境、よりよい医療・介護を優先する地方試指向が高いと考えられ、現実に2014年の政府調査では、50代の男性の51%、女性の34%が地方に移住を検討したいという結果がでている。そこで、東京圏の医療。介護問題の対応として地方の受け皿をつくり、東京圏の高齢者が地方移住することが考えられる。受け皿として、生涯活躍のまち(日本版CCRC)構想は大いに期待できる。そして、地方では将来的には高齢者の減少により、医療・介護サービスに余裕が生じる地域がでてくる。これらの地域の医療・介護能力を利用する。

上の四つの手法のうち、四番目の地方移住について、メディアなどから大きな反応がありました。

まず、CCRCとはケア付きリタイアメント・コミュニティーの略称で、退職後の高齢者が集まって居住する、介護ケア・生活支援サービス付きの地域共同体のことです。従来の高齢者施設との違いは、①高齢者は健康な段階から入居し、できる限り健康長寿を目指すことを基本とする②高齢者はサービスの受け手として「受け身的な存在」ではなく、地域の仕事や社会活動、生涯学習などの活動に結局的に参加する「主体的な存在」として位置付ける③高齢者が地域社会に溶け込み、地元住民や子ども・若者などの他世代と交流・共同する「オープン型」の居住が基本になる、などの特徴があります。発祥の地であるアメリカでは、CCRCは全米に約2000カ所存在し、推定75万人が暮らしています。日本政府は、このようなCCRCに対し、日本語で「生涯活躍のまち」という名称をつけました。「生涯活躍のまち(日本版CCRC)」の実像は、これからつくられるものであり、現状はまだ明らかでありません。これから地域ごとの特性を活かした特徴ある「まち」づくりがされることと思われます。

ついで、どこが医療・介護に余裕の生じる地域なのかついて、増田寛也氏の「東京消滅」の中で調査が行われています。調査では、「一人当たり急性期医療密度」と「介護ベッド準備率」という二つの新しい指標を用いて、各地域の医療・介護の提供能力の余力を評価しました。その結果、余力のある地域は北海道、日本海側、四国、九州に存在し、具体的には、函館、室蘭、高知、別府、大牟田、水俣、釜石、御坊、由利本庄、宇和島、七尾、日南などが挙げられています。

東京からみると、高齢者が移住した数だけ介護を中心とした社会保障の負担が減ることになり、高齢都民を受け入れる自治体からみれば、社会保障サービスの明らかな負担増になります。現在でも、要介護状態の高齢者が市町村を越えて移動した場合、移動前の自治体がその高齢者の財務上の負担を支払う「住所地特例」という制度があります。しかしこの制度が
適用されるのは、要介護状態で移動し、住所地特例対象の施設に入所または入居した高齢者のみであり、元気な高齢の都民が他の地域に引っ越し、数年後に要介護になった場合、その高齢者の介護費用は、引っ越した先の自治体がしはらうことになります。このようなケースに関しては、引っ越す前の自治体が、負担をある程度引き受ける必要があるでしょう。

地方からみた、東京一極集中、地方消滅を食い止める手法

増田寛也氏は、ベストセラーの著書「地方消滅」の中で、「人口減少」に対応するためには、国家戦略の基本構想を描くため、国に「中央司令塔」、ブロック単位で「地方司令塔」となる組織を置き、行政の「縦割り」を排除した、総合的な対応を行う必要があるといいます。例えば、国土形成計画、医療計画、介護保険事業計画などに統合性を持たせることが必要であると説き、子育て支援だけでなく、産業・雇用、国土形成、住宅、地方制度などへの総合的な取り組みを内容とする「長期ビジョン・総合政策」を推進していくことが求められるとしています。そして、2015~24年の「第一次総合戦略」で、希望出生率である1.8の実現と、東京一極集中に歯止めをかけることを目指し、2025~34年までの「第二次総合戦略」で2035年の出生率2.1と将来的な人口安定を図ることを基本目標に据えられています。

「地方消滅」の中に、東京一極集中に歯止めをかけるために、子どもを産める年代の若い女性を地方に引き留める政策が成功をしている都市のタイプが示されています。まとめますと、このようになります。
第1は産業誘致型と呼ばれるもので、工場や大規模商業施設を誘致することにより、財政基盤の安定化を図り、住環境整備を進め、人口流入を実現させているモデルです。が、産業の変遷によるリスクが高いと指摘されています。
第2は大都市や地方中核都市の近郊に位置することを活かして、住環境整備を重点的に進め、定住人口を増加させるモデルです。
第3は学園都市型、公共財主導型と呼ばれるもので、大学や、高等専門学校、降雪・施設研究機関を集積させることにより、若年人口の継続的な流入を持続させているモデルです。今後公共財主導型はあまり望めなくなりますが、海外に学園都市型で成功しているケースが多いという指摘があります。
第4は産業開発型と呼ばれるもので、地域の特徴ある産業を振興させ、雇用の拡大や、住民の定着を実現しているところです。秋田県大潟村(農業)や、福井県鯖江市(中小製造業)、北海道ニセコ町(観光)岡山県真庭市(林業)などが挙げられていますが、全ての都市がこのモデルを目指せるわけではないという指摘があります。
第5はコンパクトシティー化によるまちの利便性、魅力の増進により、人口の定着を図ろうというもので、最近これに取り組む市も増えていますが、現実に人口の増加に結び付いたケースはありません。

このように見ていくと、東京一極集中対策においても、地方消滅対策においても、これをやれば、東京一極集中が改善し、少子高齢化問題の改善につながる、という確率の高いアイデアは、(CCRCを除き)生まれていないように見えます。

 

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