第四章 2060年からのバックキャスティング

これまでの章で見てきたように、日本の少子高齢化対策は、少子化対策、社会保障、国土政策の各分野に分かれた検討が行われています。これらを横断した、総合的な視点にたった対応は出来ないものなのでしょうか?そこで、本章では、ひとつの試みとして、現状の分析と改善というフォーキャスティングの思考を離れ、将来、少子高齢化がうまく改善された社会を想像し、そこに至る過程を未来からさかのぼって考える、バックキャスティングの思考による分析を行います。これは、迷路のパズルを出口からさかのぼって解くようなもので、時に、思いがけない、無駄な思考の省略、あるいは思考の飛躍をすることができる効果的な方法です。

今回行うバックキャスティングの目的を、明確にしておきましょう。

「2060年に、「まち・ひと・しごと創生長期ビジョン」が想定する希望の国の形が実現できていると仮定し、そこに存在するシステムを予想し、現在(2018年)に存在する諸条件とどのように結びつくかを遡って考え、2018年に欠けている政策・要素を埋める」ということです。

ただし、希望する国の形を考えると言っても、社会全般を構想するのではなく、少子化の解消に関わる部分を集中して考えることにします。少子化問題が解消されていると、社会保障、東京一極集中の問題も軽減されているはずで、逆にこの問題が深刻化すると、他の二つの問題が解決のしようがないまでに深刻化しているはずだからです。また、インフレ率や経済成長率などの具体的な数字の予想は事実上不可能なのでここでは無視し、金額を用いなくてはならないときには、インフレ率ゼロ、経済成長率ゼロの数字を用います。人口については「まち・ひと・しごと創生長期ビジョン(以降長期ビジョン)」の数字を使用し、地域別の人口などは推計せず、定性的な分析に留めます。細かい数字の推定に意味がないのは、それらは大きな方向性が変化するごとにいくらでも変るものだからです。しかし、定量的な分析が出来なくてもこの分析を行う意味はあります。なぜなら、我々が分析しようとするのは大きな方向性であり、数字は後からついてくるものなのですから。

そして、複数の可能性がある場合においては、私が独断で確率をとりあえず示しておき(おそらくこうなるであろうというルートには95%、難しいが一応可能性は存在すると思われるものには5%など)、確率ゼロでない選択肢については、A,Bなどと符合をつけて、この章の最後で精査することにします。

 1. まず、人口ですが、長期ビジョンでは現在国立社会保障・人口問題研究所が作成した2060年の中位予想8,674万人(ここでは現状ケースという)を10,194万人(ここでは希望ケースという)にするとあります。ここではこの人口が達成されていると考えます。(確率100%)

 2. 死亡率については同じとし、約40年間で現在よりも子供の数が、1520万人増えるということで、一年あたりの出生数にすると平均38万人増ということになります。(確率100%)

 3. 一組の夫婦から生まれる子供の数が2.2という過去の平均的な数字を使うと、夫婦の数は、40年間合計で、約690万組、現状ケースよりも増えることになり、年平均にすると約17万組増えることになります。この時代に結婚する世代の人口は、一年あたり男女とも50-60万人程度ですから、現状ケースの結婚率が現在と同じ約6割で、現状ケースの夫婦の数は30-36万組、17万組をこの数字を足すと約95%、つまり希望ケースでは高度成長期と同じような皆婚時代になっていることになります。現在、若者が結婚を希望する割合が95%ですから、若者の希望がかなえられる時代ということになります。

この点に関しては、一組の夫婦から生まれる子どもの数が増える、あるいは婚外子が増えるという可能性もあります。しかしながら、エンゼルプラン以来二十数年子育て支援政策を続けてきても、第三子を持つという選択はなかなか増えておらず、さらには婚外子を容認しない日本の社会風土が簡単に変わるとは思えませんので、婚姻割合が上がっている可能性の方が高いと思われます。(確率90%A)しかし、一方で第三子を持つことに対し、極端なインセンティブ(一時金1千万円を主張する論者がいます)が与えられるなどして、完結出生率が上がっている可能性もあります。(確率5%A)もちろん婚外子が増える可能性もゼロではありません。

 4. この若者の皆婚は、強制ではなく、本人たちの期待が満たされた形で達成されなくてはなりません。(100%)家族社会学者山田昌弘氏の言う、女性が結婚を選択する条件である、住宅の質と、ある程度の収入、そして自由な時間という条件が満たされている必要があります。(95%B)ただし、日本の戦後のように、皆が子どもの頃から貧しくなり、女性の結婚に求める条件が下がる、という可能性も理論的には考えられます。(5%B)女性の求める条件が変わらないとすると、カップルが住める、子ども2人を産み育てることが可能な住宅が通勤圏内で存在することになります。子どもの数が現状ケースまでの数量の住宅は、収入が比較的多い若者が自力で入手しているとして、増加分の年17万戸の住居が、夫婦合計で年収300万程度という、現在子どもを持つことが難しい若者世帯に何らかの方法(例えば保育・介護等の分野で新しい雇用の創出・若年層の雇用条件の改善・住宅補助・住宅価格の低下など)で供給されている。というのが、バックキャスティングから導かれます。(100%)(ここでは、どういう方法で、ということは問わず、住宅の供給がある、イエスかノーか?という風に考えます。住居を持たずに結婚することはありえないので住宅の供給がある、という点については確率100%です)ここで、どのような方法で、という議論はとても重要なことで、これまで少子化対策において行われてきた議論が集中した点でした。後ほど述べます。C)

 5. この新たに供給される年間17万戸の子育てに適した住居は、通勤圏内にあり、学校など社会的インフラが整っている場所にあるなど、さまざまな条件をみたしていることが必要ですから、そのような場所に、今後安価に新築の家屋が大量に供給されるということはあり得ません。(確率95%D)(単に住居があればよいのではなく、雇用も含めた新たな住みやすい街が次々と生まれてくることは考えられないという意味です。現在雇用が存在する東京圏中心部に新しい住宅を大量に作ることはコスト的に無理ですし。東京圏周辺部に出来ている住宅は、通勤可能性などの面で必要条件を満たしていません) 地方に作ろうとする場合、自然エネルギーによる地域づくりに少し可能性がありましたが、再生可能エネルギー買い取り価格の下落により可能性が少なくなりました。)ただし、介護などの社会保障分野の雇用が地方に移り、それが大量であった場合は、若者の雇用増、若者用住宅増までつながる可能性もあります。(確率5%)しかし、その他の方法で、地方に街づくりが出来る可能性は現在発見されていません。

 6. そうなると、現在すでに存在している住居が、それらの若者の居住用に使われなくてはならない(確率100%)ことになります。高齢者が亡くなり相続される住宅に、ついては、すでに現状ケースに含まれていると考えられます。かなりの数の高齢者が、地方に移住するという選択をし、現在の高齢者の住宅が若者へ賃貸されている、あるいは条件の良い賃貸物件が若者に譲られていると思われます。(確率90%E)例えば、現在首都圏で賃貸価格が月15万円程度の住宅が、今後供給が増えることで、月10万程度になり、そこに子育て期間の夫婦には、月5万円程度の住宅補助がある、という形が考えられます。これであれば、若者がパラサイトをやめて「希望に満ちた」子育て生活を始めることができます。もう一つ高齢者の住宅に若者夫婦が同居しそこで子育てをする、という可能性があります。(確率5%)しかしながら、プライバシーを大切にする現代の若者にとってこれは難しい選択でしょう。都会の空き家に手を加えて若者が住んでいることも考えられます(確率5%)。しかし、空き家には、空き家になっているさまざまな理由が個々の住宅について存在し、その問題を解決して人が住める状態にまで回復するには、あらたな住宅を建設することさえ超える、大変な手間がかかります。

 7. 地方に移住する高齢者の受け入れ先として考えられるのが、現在存在する地方の空き家であり、あるいは長期ビジョンで検討するとされている、日本版CCRC構想(Continuing Care Retirement Community)です。日本版CCRC構想は、「東京圏をはじめとする都会に住む高齢者が、自らの希望に応じて地方に移り住み、地域社会において健康でアクティブな生活を送るとともに、医療介護が必要な時には継続的なケアをうけることができるような地域づくり」を目指すもので、①高齢者の希望の実現、②地方へのひとの流れの推進、③東京圏の高齢化問題への対応、がこの構想の意義だとされています。日本版CCRCがどんなものなのか、地方に存在する空き家や地域インフラをどのように利用するか、あるいは都会にある空き家を利用できないのか、これは大きな問題なので、シルバーマネーについて分析をした後、この本の後半に検討します。

 8. 第三章で述べたように、内閣官房が2014年に行った調査によれば、東京都在住者のうち、地方へ移住する予定又は移住を検討したいと考えている人は、50代では男性50.8%、女性34.2%です。しかし、高齢者から若者に、年間17万戸の家族用住居を移転させるということは、例えば毎年60歳に達する160万人のうち、5分の1近い25-35万人が、それもかなりの割合で夫婦で、数年のうちに都会から地方に移住するということになり、移住に関し、よほど大きなインセンティブが働いている(100%)と考えられます。

 9. 年金を受けとっていない層が大量に地方に移動するのであり、なおかつ地方にそれだけの人を働かせる既存の雇用がないのですから、移住した人たちには、生活ができる収入が保証され、なおかつ移住先で、あらたに作られた仕事などを含めた人間らしい生活ができている、ということになります。(100%)

 10. 政府の一般会計の中からこの移住者の生活費を供給することはできません。(100%)とすると、現在の日本の財政状況と、バックキャスティングで導かれた高齢者の大量の地方移動という将来予測が絶対的に不整合なのです。そこで、ここで現在存在しない、この二つの状況を結ぶ新たな社会システムを導入します。それが、高齢者が支給されるシルバーマネー(仮称)です。

 11. なぜ、シルバーマネーが必要なのか、大変重要なので、社会保障と国民負担の現状をもう一度見ておきましょう。前述したように、経済学者の鈴木亘氏は、2009年の厚生労働省の試算によると、国民年金と厚生年金を合わせた年金純債務は800兆円に達し、医療保険の純債務は380兆円、介護保険が230兆円で、社会保障全体の純債務は1500兆円にのぼり、これが政府債務の1107兆円とは別に存在しているといいます。そして、厚生年金の積立金は2038年に、国民年金の積立金は2040年に枯渇すると言います。いまは、社会保障給付のかなりの部分が税金、一般会計から賄われていますが、消費税の5%増税によって増える税源は年間13.5兆円程度にすぎず、消費税収を「高齢者三経費等」(基礎年金、高齢者医療制度、介護保険の国家負担分、子育て経費)にあてるとすると、2050年には消費税が30.7%、2075年には41.5%だと予想しています。あるいは年金の給付を70歳、あるいは最悪75歳まで引き上げる、あるいは保険料を引き上げ、国民負担率85%など、どれを選びますか、という状態です。もちろん、国民が、そうですかと受け入れることのできる数字ではありません。そして、消費税が上がった場合も、保険料が上がった場合も、あるいは年金支給年齢が引き上げられ、その年齢まで高齢者が労働市場で働き続けた場合も、若年層の生活は大変厳しいものとなり、少子化はさらに加速することになります。そこで、これらのどの方法もとることはできない、そこで現在の円を前提とした財政、社会保障システムを越えて、高齢者の社会保障を行うために、新たな通貨を発行しているのだ、と考えるわけです。

本当に現在の円の経済に影響を与えないで、新しい通貨が発行できるのか、それはどんな法的な位置づけになり、どんな性質を持つものなのか、検討しなくてはならない点は山積しています。これについては次章で真正面から取り組みます。

 12. ただし、高齢者がある程度の割合で地方のシルバーマネー地域に移動していて、彼らにシルバーマネーで年金が支払われている(100%)、というだけでは、この世界が機能しているわけではありません。その地域に住んでいる高齢者にさまざまな物やサービスが供給され、特に介護、医療サービスが供給されていることが必要です。そのサービスが、若年層などの労働力で行われていると考えることはできません。その場合、そのサービスに対する対価は円で支払わなくてはならず、高齢者が移動した先の自治体か、高齢者がそれまで住んでいた自治体のいずれかで負担しなくてはなりませんが、どちらにもそんな財政力はないわけです。そこで、シルバーマネーを用いたあらたな介護システムが機能しており、そのもとでは元気な高齢者がより介護を必要とする高齢者を介護していると考えられます。助け合いの社会が実現しているのです。(100%)大切なのは社会の実体を変えることです。

ここまで分析したことを簡単にまとめると、少子化問題が解決した2060年の社会では、高齢者がかなりの割合で地方に移住し、そこでシルバーマネーで年金をもらいながら暮らし、お互いに医療・介護サービスを行いながら生きている、そして、都会では、高齢者の住んでいた住宅に、住宅補助などを受けつつ若者が住み子育てをする、ということになります。

シルバーマネーがどんなものか、シルバーマネーが地域や高齢者の生活にどのような影響を与え、どのような高齢者地域が生まれるかについては、後程詳しく述べますが、ここでは2060年を想像しやすくするため、議論を省略して、きたるべき社会を簡単に描いておきます。

国民は、年金を現金で70歳過ぎから受け取るか、60歳からシルバーマネーで受け取り、シルバーマネーが使える地域に住む、という選択ができるようになりました。国民に選択権があるので、日本各地にあるシルバーマネー地域は、それぞれの地域の特色を生かした設備をつくり、移住してくるよう高齢者にアピールしています。どの地域も、日本という国、社会のために貢献してきた人たちが誇りをもって楽しく生活できる魅力的なものになっています。単に住居だけでなく、集会施設、生涯学習施設や、スポーツ施設、農園なども用意されています。温泉施設のあるもの、近くにゴルフ場のあるものもあります。そこに移り住んだ人は、そのコミュニティーの中でシルバーマネーで年金を受け取りつつ、地域の中にある介護施設や公社で役割を担い労働することで、より豊かな、やりがいのある、楽しく長い老後を過ごすことになります。

シルバーマネーは、住居費、光熱費、基礎的な食糧費、介護費用など地域内で供給されるサービスに対して使うことが可能です。居住者は、都会で貸している住宅からの現金収入がある人も多く、貯金してきたお金を使うこともできます。シルバーマネー地区内での商店では、価格が円とシルバーマネーの両方で表示されています。また、居住地域については変更が可能であり、全国のCCRS等、シルバーマネー地域を渡り歩く楽しみもあります。

それでは、シルバーマネー地域における住宅は、どんなものなのでしょうか。古民家を修復した建物を売りにしている地域もありますが、介護の利便性のために、道路、水道などのインフラが昔から存在していた過疎地域に、集合住宅を新たに建てたところが多いようです。どの地域もデベロッパーがグループホーム、夫婦用住宅など需要を予想して作ったものでほとんど空きがない状況です。大きなものでは5万人の高齢者コミュニティーもあります。
介護施設、医療施設については、CCRS周辺の既存施設を取り込んだところもあるようですがCCRS内では訪問介護が中心です。また、公社が作られ、新たに住民のためにつくられた介護施設もあります。それらは、CCRSの住人の高齢者が働いて運営しています。つかわれているお金はもちろんシルバーマネーです。住人の住宅の一戸当たりの建設費は、昔沢山作られた公営住宅の一戸当たり1200万円程度よりも、(土地代が安いので)かなり安いようです。しかし、終の棲家として心の休まる、デザイン性にすぐれたものになっています。

居住者は、20年程度で入れ替わるので、全国につくられたシルバーマネー地域の戸数は、340万戸(年17万戸×20)程度です。建設に要した総コストは340万戸×1200万円弱、建設国債を発行して10年かけて、40兆円くらいで国が作ったそうです。しかしながら、地域内の医療・介護などは、ほとんどシルバーマネーで運営されるので、国の保険財政は大幅に改善されています。

2060年に向けて、出生数    38万人増 (年間)  
婚姻数    17万組増 (年間・皆婚時代の復活)
若者に追加的に供給される住宅 17万戸 (年間×20年程度 既存住宅の賃貸)
高齢者の地方移住数      34万人 (年間)
シルバーマネーによる60歳からの年金支払いがインセンティブ)
地域ケア付き高齢者住宅の建設 340万戸(17万×20)  
高齢者住宅の建設コスト    40兆円  40年で建て替え 
若者への住宅補助       年間二兆円程度 (子育て中のみ・低所得層)
 

この章の最後に、先ほどバックキャスティングの流れを止めないために積み残した、いくつかの論点について、再びとりあげ、議論をしておきたいと思います。

A.皆婚社会を目指すのか、それとも高いインセンティブで、3人目以降の出産を奨励するのかという論点です。大正大学客員教授の河合雅司氏は、著書「未来の年表」のなかで、第三子以降がたくさん生まれる社会とならなければ、出生数減少に歯止めをかけられないとし、第三子以降に子ども1人につき1000万円規模の給付を行うべきとされています。これで毎年約30万人の3人目の子どもが生まれるとすると、毎年1000万円×30万=3兆円の対策費で少子化問題解決ということになります。しかし、これは生まれてくる子供を言葉は悪いですがお金で買うようなことになってしまい、社会の在り方としてどうかと考えてしまいます。

私は、社会の未来を考える時、まず人の苦しみを取り除き、みなが望んでいる形に近づけ、多くの人の愛が自然と現れるよう導き、そして豊かな文化性を生み出さなくてはならないと考えています。そうなれば、社会の未来の在り方として、3人目以降の出産に高いインセンティブをあたえるよりも、皆婚社会に導き、多くの人の希望がかない、寂しい思いをする人が少なくなる選択肢を選ぶべきだと思いますし、だからこそ未来社会はそちらの方向に進んでいる可能性が高いと判断するのです。

B.社会的に女性に早く子どもを産むように強制する運動などにより、社会的条件が整わないのに結婚・出産が強制される世界がこれに近いものだと考えられます。望ましくないのはいうまでもありません。

C.どのような方法で若者の収入や生活レベルを上昇させ、出生率の回復にむすびつけるかが、これまで議論されてきました。もちろん正社員の割合を上げ、最低賃金を上げ、雇用状況を改善する努力を行うことは何よりも大切です。しかし、その方向での努力で、現在の都市構造を前提に少子化を改善するのは、かなり難しいということが、バックキャスティングを行ったことにより、見えてきました。

すなわち、少子化対策という観点からは、住宅の供給ということが先にあり、雇用条件の改善というのはその手段の一つです。雇用条件が改善したとしても、住宅の供給量が今と同じであれば、経済学の論理から行けば、賃料が高騰し、結局若者に住宅は供給されないのです。高齢者は、バブル時代を経験し、あるいは景気のいい時代を生きてきましたから貯蓄があります。若者が同世代同士、あるいは高齢者との生存競争の中で住宅を獲得しようとした場合、少々賃金が上がっても競争に勝って、住宅を入手するのは難しい可能性があります。すなわち、若者の、雇用条件の改善を議論することとは離れて、いかに住宅を供給するかも議論しなくてはならなかったのです。

保育、介護の分野で都会における若者の職場が増えたとしても、そこに高齢者がいれば、やはり住宅市場で高齢者と若者のバッティングがおこり、若者に住宅を供給することができません。住宅補助を単純に増やしても、それが不動産賃貸のマーケットの価格を引き上げることになればなにもなりません。マーケットに中古住宅が多く供給され、価格が下がり、そこに住宅補助をおこなうことで、若者が住宅に手を伸ばすことができるのであり、そのためにも高齢者の地方移住が必要であると考えられます。

野澤千絵東洋大学教授の著書「老いる家 崩れる街」に、現在の日本には世帯数を大幅に超えた住宅がすでにあり、空き家が右肩上がりに増え、2013年に約820万戸の空き家が、10年後に(2023年)には約1400万戸、20年後(2033年)には約2150万戸となり、3戸に1戸が空き家になると書かれています。しかしながら、この予想は、日本の将来人口が2060年に8700万人、現在の7割に減るということが前提です。また、同書には、現在羽生市(埼玉県)をはじめ日本各地で、規制緩和を利用して市街化調整区域などに需要が見込めないような賃貸アパートが大量に作られていることなどを紹介し、賃貸住宅1852万戸のうち429万戸が空き家になっている(2013年住宅・土地統計調査)と指摘しています。このような状態で、果たして若者に十分な住宅が供給されていないといえるのか、という問題はあります。しかしながら、たとえば収入が少なく結婚することを迷うようなカップルにとって、車で通勤、買い物を行うような賃貸住宅は、そもそも車が所有できないので選択肢にならず、同様に、空き家になっている家は、古い、狭い、学校から遠い、勤務地から遠いなど、何らかの意味で、選択肢にならない住宅である可能性があります。CCRSが都会に作れないかという観点から、第6章でもう一度検討します。

D.東京の一極集中は歴史的必然であり、地方に回すお金が枯渇しつつあるいま、東京が世界的に競争力ある都市になり、率先して稼がなければ、地方にとっても得はない。東京が沈めば、地方が沈み、日本が沈んでしまう。だから、これからは国土の均衡ある発展ではなく東京にさらに資源を集中させて競争力を強め、日本が国際社会で戦えるようにするべきだ。首都圏直下地震の被害などたいしたことはない。東京の容積率をさらに引き上げ、沢山のタワーマンションも建てるべきだ、という論者がいらっしゃいます。都市政策専門家の市川宏雄氏です。この方の議論に正面切って賛同される方は多くないようですが、しかしこのような考え方があることは承知しています。逆にこのような考え方が日本の主流だったから、日本は地震の危険性の高い東京という場所に世界に類のないビジネス・人口集積をつくりあげたのです。しかしながら、私の考え方も、市川氏と正面からバッティングするものではありません。東京が日本の中心、ビジネスの中心として輝いてくれなくてはならない、という点については私も同感です。しかしながら、そのためには東京の高齢化を防がなくてはならない。東京に住む若者にも人間らしい家庭生活を送ってほしい。この思いで、東京からの高齢者転出を促進しようとしているのです。東京湾岸に供給されつつあるタワーマンションや、あるいは東京圏に新築されている一戸建て住宅は、若者が気軽に住める価格帯のものではありません。そして周辺都市に大量に供給されている賃貸住宅は居住の条件が整わないものが多いのです。そこで、バックキャスティングの考え方なのですが、少子化がストップし、若者に(現状では存在しない)住宅が供給されているとすれば、それは高齢者の地方への移住による中古住宅の供給によるものだと考えます。

 

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