第五章 シルバーマネーとは何か

シルバーマネーの性質

なぜ、シルバーマネーというものを考えなくてはならないかをもう一度整理しておきましょう。

バックキャスティングから導かれたのは、現在の少子化、社会保障制度の疲弊、都市への人口集中のもとでは、高齢者が都会から地方に移住し、そこでお互いに助け合い、介護をしあいながら、楽しい文化的な老後を送れるようにしなくてはならず、それを実現するため、その地方の居住者にはそこでの生活のための(お金)が必要であるということです。そして、現在の日本の財政状況の下では、国の一般財源あるいは保険制度を用いて高齢者を支えることが出来ないため、そのお金の発行は日本の円ではなく、日本の財政に影響を与えない、新たな「何か」である必要がある、ということでした。

ここで、その「何か」・シルバーマネーに要求される性質を確認しておきましょう。

まず、そもそも「マネー・お金」と呼ばれるために必要な性質は、シルバーマネーも持つ必要があります。

 

 

お金とは「債務と債権の記録」であり、「債務」でもある以上、債権者側が債務不履行の可能性に頭を巡らせてしまうと、お金というシステムは成立しなくなってしまいます。そこでお金の成立条件の4つ目は債務不履行の可能性が低いことです。債務不履行を防ぐための「担保」が必要です。この「担保」がなにであるかについては、そのお金の法的な性質をどのように捉えるかによって変わってきます。少し長くなりますが、ここでシルバーマネーの法的な性質と担保について述べておこうと思います。

日本銀行が発行する紙幣の担保は何でしょうか。

日本銀行の日本円発行の根拠となっているのは、日本国の法律です。

まず、我が国は、「通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律」において、日本円を通貨と定めています。

「(通貨の額面価格の単位等)
第二条 通貨の額面価格の単位は円とし、その額面価格は一円の整数倍とする。
3 第一項に規定する通貨とは、貨幣及び日本銀行法(平成9年法律第89号)第46条第一項の規定により日本銀行が発行する銀行券をいう。」

同法において「貨幣」とは日本政府(財務省)が発行する硬貨を意味します。

さらに、日本銀行法に「日本銀行券(現金紙幣)」の発行についての定めがあり、日本銀行券には強制通用力が与えられています。

「第五章 日本銀行券(日本銀行券の発行)
第46条 日本銀行は、銀行券を発行する
2 前項の規定により日本銀行が発行する銀行券(以下「日本銀行券」という。は、法貨として無制限に通用する。」

  日本銀行は国債等の債券を市中銀行から買い取る代金として、日本銀行券(及び日銀当座預金残高)という日本円を発行しています。この意味で、日銀券は日銀の借用書です。
そして日本銀行の負債であるお金の裏には、国債などの資産、担保が必ず存在します。
そして、もちろん法律でその存在が定められ、強制通用力が与えられていることが、もう一つの紙幣の担保なのです。

二種類目の日本銀行券として日本銀行がシルバーマネーを発行する場合、シルバーマネーは現在の日本銀行券と同じく日本銀行の借用書となり、日本銀行は日本国政府から国債を買い取る代金として、シルバーマネーを発行するということになります。

ところが現在日本は、いくらでも国債を発行しても良いという状況にありません。この点については後程議論しますが、国債をいくらでも発行しても良いということになると、シルバーマネーをつくらなくても、円の国債をいくらでも発行して高齢者に年金を与えればいいわけです。しかしながら、その場合、財政健全性が損なわれる、現在の国債の価値が下落するなどの問題が生じ、そればできないということであれば、シルバーマネーで日銀が買い取る国債は、返済に関して劣後順位の物にしておけばよいと考えます。(従来の国債の返済が確実に返済できる場合でないと返済しない---但し実際に国は通貨を発行する権利をもつので、国債を返済できないことはあり得ないのですから、シルバーマネーの劣後性は観念上の物です)

一方、日本政府が発行している硬貨は「債権と債務の記録」ではありません。

日本銀行券と、政府が発行する硬貨は、起源が全く異なります。紙幣は歴史的な経緯で言うと、もともと金貨や銀貨という資産の預かり証だったのです。ところが、政府が硬貨を発行するときに、政府に何らかの債務が発生するわけではありません。実は、日本政府が発行している硬貨は、流通額のほとんどが一般会計において、歳入に組み入れられています。すなわち、バランスシートの貸方に「政府の負債」として貨幣が計上されているわけではないのです。硬貨の誕生は、「硬貨を鋳造する存在」である政府に対し、「低コストで『債務にならない形で』お金を創出する力」を与えたことになります。このため、硬貨の担保として国債があるわけではありません。シルバーマネーを発行する場合も、この政府のお金を創出する力を用い、日銀を介さず、国債を発行せず、政府通貨として発行するという選択肢もあります。私は、シルバーマネーは発行額がそれほど大きくなく、使用法においても流通経路においてもシンプルで、現在の日銀券と同じ複雑なシステムを利用する必要性がないと思うので、こちらの選択肢の方が適切であると思います。

結局、日銀券としてシルバーマネーを発行する場合も、政府紙幣として発行する場合も、あらゆるお金の担保はたった一つ、国民経済の経済力です。ここでいう経済力とは「国民のモノやサービスに対する需要を、国民の生産能力で満たす力」ということになります。私が日本に第二通貨の発行を行うべきだと考えるのは、現在の日本は国債を大量に追加発行できる状況にないが、日本の経済力は、まだまだ十分にあると考えるからです。そして、シルバーマネーは、高齢者を地方に移動させ、若者の介護負担を軽減し、将来の日本の経済力減少を防ぐために発行するものですから、第二通貨を発行しても、「担保の減少」ということにはならないのです。

 

最後に、もう一つ、シルバーマネーの発行主体を県などの地方自治体にするということも考えられますが、自治体では「準用財政再建団体」になり、自治権を失うこともあり、年金事務を行う主体でもないので、発行主体として不適切であると思われます。

 

シルバーマネーは日本円と何が違うのか

シルバーマネーを、高齢者の地方移住の促進という目的の他に、社会保障財源枯渇の対策として発行する、という説明については、読者は、どうして国債をもっと大量に発行し、通常の円を年金として高齢者に配ることができないのか、という疑問を持たれるだろうと思います。経済活動の中で使われているお金の量が、GDPに直接影響を与えるから、景気を良くするために、消費税増税を止め、逆に公共事業をして通貨の量を増やすべきだ、という論者からすれば、社会保障費を賄うためにも、いくらでも国債を発行して円の供給を増やすべきだということになるでしょう。しかしながら、財政規律が大切で、増税までしてプライマリーバランスを目指すべきだという論者が存在し、際限のない国債の発行に多くの国民も違和感を覚える中では、そう単純にいきません。私はここで、その議論について深く入りこもうとは思いませんが、「少子化対策」を基準に考える場合、円の発行による際限ない社会保障費の増大は避けるべきだと思います。

一番問題なのは、いま財政規律を守るために、消費税増税や保険料引き上げを行って社会保障を行おうとしていることです。第二章で述べたことですが、消費税の引き上げによる対応の問題点は、若者に厳しく、高齢者に手厚い日本の社会保障制度における「歪んだ所得再分配」をさらに強化してしまうところにあります。日本の社会保障制度の根幹は、「社会保険方式」にありますが、現実には、現在、基礎年金、介護保険、高齢者医療の半分は税金と借金で賄われている状況です。わかりやすくいうと、非常に高額の所得者に対しても、医療費の半分、介護費の半分、基礎年金の半分を、勤労世帯や将来世代が負担するということになるのです。このような方向性を強化していいはずがありません。保険料の引き上げは現役層のみへの負担増であり、若者への負担が増大し、少子高齢化をさらにもたらしてしまうという問題があります。

通貨の量を増やして対応すべきだという政治勢力は財政規律を重視する勢力に現実的に敗北しており、消費税の増税が行われようとしています。「財政規律」という言葉がある限り、円による際限のない社会保障費の増額はできないのです。「財政規律」については、現実の行政・政治においては、なぜ必要なのか、という問いを許さないほど、当然のものとされています。財政規律が大切にされるのは、この観念を失ってしまうと、労働力を始め沢山の資源の適切な社会的配分ができなくなるという現実的問題があると思われます。また、金融市場から政府の信用が失われると、国債が投げ売りされ財政が破たんの危機に瀕するから、ということも(日本の国債が投げ売りされることはないという議論はありますが)言われており、財政規律は守らなくてはならない大切なルールになっています。

それでは、シルバーマネーの発行はどうして財政規律を乱すことにならないかです。まず、シルバーマネーが政府通貨だから、ということが言えると思います。シルバーマネーは政府の年金等の支払いに使われると用途が限定されているので、かなりの金額の発行を余儀なくされるとしても、(それがシルバーマネー地域内の施設利用や、介護サービスの対価として域内の管理者に還流することもあり)歯止めのない発行にはなりません。そのためシルバーマネーは政府通貨として設計することが考えられ、この場合、あらたな国債の発行もありません。

また、一般的に政府通貨の発行は、金融システムを利用しないところから、さまざまな歯止めが利かず、過去戦争のための資金集めに使われたり、特定産業への不当な補助金に使われたりした上に、海外への望まれない投資に使われたりする可能性もあり、好ましく思われていないようです。しかしながら、シルバーマネーについては、高齢者地域で使われるものですから、輸出材の生産に使われることもなく、あるいは海外に投資されることもありません。この意味で、政府通貨のもつ危険性を回避できると思われます。

そして先ほども述べましたが、シルバーマネーの発行により、高齢者が地方に移転し、それが少子化対策となるために、国家の経済力を増進させ、現在の円の担保価値も高めることになるわけですから、シルバーマネーの発行により現在の国債の価値が下がることもないわけです。このように、シルバーマネーが「円ではない」ために、さまざまな使い出の良さが生まれます。

シルバーマネーの並行通貨としての位置づけ

近現代の欧米諸国や日本では、一国家一通貨が当然のように受け止められていますが、歴史を振り返ると、一国家一通貨という制度は普遍的なものではありません。室町時代の日本では、米や絹布が通貨であったことに加えて、中国からの輸入銭も通貨として流通していました。室町幕府は、その公権力を行使して日本独自の鋳貨を発行しようとは考えなかったのです。明治時代初期には153もの国立銀行が誕生し、それらの各々が銀行券を発行していました。この状況を変えたのは、日本銀行が1882年に設立されてからです。また、第二次世界大戦後しばらくの沖縄では、米軍占領下でB円という日本円とも米ドルとも異なる通貨が使われ、沖縄独自の経済運営に役立っていました。

英国では1694年に国策的性格の強い民間銀行としてイングランド銀行が創設されましたが、その後に設立された銀行の多くが各々独自の銀行券を発行しました。1883年にようやくイングランド銀行券が法貨と認められ、1844年の「銀行特許状条例」はそれ以降新たに発券銀行を設立することを禁止しました。それでも、日本の国立銀行の場合と異なり、1844年法以前からの既得権を持つ銀行は、その後も独自の銀行券を発行し続けており、イングランド銀行の準備高の規制範囲ではありますが、2000年現在、スコットランドでは三種類、北アイルランドでは四種類の銀行券が流通し、地域経済の中で循環しています。このように一国家内で複数の通貨が流通することは過去も現在もごく普通にあることなのです。

そして、シルバーマネーが高齢者の年金に使われ、高齢者が幸せな老後を送るために使われる通貨であるとすると、シルバーマネーは汎用通貨ではなく、特定目的通貨であると言えると思います。ハンガリーのブダペストに生まれたカール・ポランニーは、社会思想家であり、ジャーナリストを経て、コロンビア大学で経済人類学の講義を行った人ですが、貨幣の本質論を説き、近現代の欧米社会とは異なる社会においては、汎用貨幣と特定目的貨幣に分けられるような貨幣の流通が見られる場合があると指摘しています。

近現代の日本で流通してきたお金の中で、郵貯はきわめて特異な性質を持っていました。戦前の郵貯は主として国債引き受けの原資であり、いわば戦争のための貨幣でした。戦後の平和憲法の下では、それは財政投融資の原資へと方向転換し、その財投の内実としては、国内の大規模公共事業やODAによる海外の事業に使われてきました。経済学者の室田武氏は、国民がお金を郵便局に貯金した時点でそのお金は政策金融の担い手という特定目的のお金に性格を変えてしまい、その意味で郵貯に転じた日本円は特定目的貨幣になったと指摘されています。シルバーマネーが特定目的貨幣であるということで、なにやらこれは財政投融資を復活させようとしているのではないか、という勘ぐりをされる方も(まさかとはおもいますが)いるかもしれません。しかし、それは全く杞憂であり、まさに「羹に懲りて膾を吹く」というものだと思います。シルバーマネーは高齢者を幸せにするという目的を持った「福祉通貨」であり、ある意味公共性と、地方分権意識、環境意識をもって、人間生活と地域環境の持続性を守るために使われるものなのです。

シルバーマネーとエコマネー

わが国では1955年に始まった高度経済成長期以降、大都市圏、地方圏ともに住民間の結びつきが弱まり、地域の課題解決能力が弱体化したとして、国/地方自治体の両方が、地域社会における相互扶助活動の再構築や「地域力」の育成・強化を政治課題として掲げるようになりました。「地域通貨」は、人々が自分たちの手で作る、一定の地域でしか流通しない、利子のつかないお金として、地域通貨を使用する人々の間に、相互信頼と共同の関係を生み出し、友好的で対等なコミュニケーションの手段となるとして、注目されるようになりました。日本の地域通貨の原点といわれるのが、1973年9月に水島照子氏が80人の仲間とともに結成した「ボランティア労力銀行」(現NPO法人ボランティア労力ネットワーク)が行う、時間を単位とした会員間の助け合い活動「労力交換」を媒介する「労力点カード」(Lカード)です。これは各人の余裕時間を融通しあうというもので、労力を受けたものが、基本的に「1時間につき1点」を労力の提供者に手渡すことで取引が成立し、有効期限はなく、長期保有も可能です。大阪府内を中心にほぼ全国的な取り組みとなっています。

日本で2000年代以降沸き起こった地域通貨ブームは、1983年にカナダで始まったLETS(Local Exchange Trading System)や1985年のタイムダラーの開始を受けたものでした。とくに全国的に展開されたエコマネーについては、国際大学の教授であった加藤敏春氏が1999年5月に設立した「エコマネー・ネットワーク」が多くの地域でエコマネー導入をサポートしました。エコマネーとは「環境、福祉、コミュニティー、教育、文化等、今の通貨では表しにくい価値を、コミュニティーのメンバー相互の交換により多様な形で伝える手段」とし、メンバーは自分が出来るサービス・してもらいたいサービスをHPや会報上で公開し、個々のメンバーはこのサービスメニュー表を基に連絡を取り合い、相対で取引を開始、取引価格は当事者により決定され、そして運営団体が管理する口座上の数字が増減するというものです。プラスの残高はコミュニティー内でしか使用できず、マイナスの残高の場合も返済の義務はありません。そして、残高はある時間がたつと消滅します。

このエコマネーについては、ソーシャル・インクルージョンを実現するため、コミュニティー活性化の手段として評価する方も多いものの、エコマネーによるコミュニティービジネスの立ち上げが難しいとする批判もあり、地域通貨の研究者西部忠氏は、「エコマネーが成功するためには、非市場経済に加えて市場経済での取引機能を併せ持つべきである」とし、地域コミュニティーの活性化と地域商業の活性化の二つを志向する「ダブル・ボトム・ライン型」地域通貨の必要性を述べています。

ここまで述べたことでご理解いただけたように、これまで作られてきた多くの地域通貨には「譲渡性」「価値基準」「価値貯蔵手段」という通貨に必要な要素が欠けており、通貨であることを目指すシルバーマネーとは経済的性質は違います。しかしながら、エコマネーが目ざそうとしてきたソーシャル・インクルージョンは、シルバーマネーの究極の目標でもあります。そこで、シルバーマネー地域、CCRCなどの設計においては、これまでの地域通貨の実験で得られた知見を、可能な限り取り入れていくべきだと考えます。

 

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