ポスト京都議定書における化石資源専売制の提案
山口克也*
上野 勲**
*山口総合政策研究所
〒564-0051 大阪府吹田市豊津町25-12 E-mail:Katsuya@bigfoot.com
**エコシステム経済研究所
〒116-0012 東京都荒川区東尾久5-22-8 E-mail:ecosys@carrot.ocn.ne.jp
A Proposal on a World Fossil Resource Organization
as a Post-Kyoto Protocol
Co-authors: Katsuya Yamaguchi and Isao Ueno
EXECUTIVE SUMMARY In this paper we present an international public corporation which monopolizes world fossil resources as a Post-Kyoto Proposal for reducing global GHG emissions by 50% from the present levels. After examining the causes of the problems with the Kyoto Protocol, we have arrived at the conclusion that Kyoto Protocol does not deal with the question of the financial difficulties that would confront the various parties concerned, particularly fossil resources producing countries and developing countries, as a result of their reduced consumption. This neglect of such financial consequences retards, in our opinion, the development of agreement amongst the countries, which would contribute to effective GHG emissions mitigation and better control of atmospheric temperature. First, we have worked out principles and functions of Post-Kyoto regime which would attract global consensus and thus sustain the successful operation of the Post-Kyoto regime, while observing the principles of the UNFCCC and the prerequisites referred to in the IPCC reports. Its principles must embrace humanity, equity, economy, common rules, penetration and efficiency and its functions must include reduction of consumption of fossil resources, price control of fossil resources at levels high enough to curb their otherwise ever-growing demand and generation of funds for subsidization for energy conversion, etc. Then we worked out an international public corporation which monopolizes sales of fossil resources to actualize above mentioned functions for drastic cutbacks of GHG emissions. Lastly, we have compared its functions with those of the Kyoto regime and international carbon tax and concluded that our proposal should be worth serious attention. |
KEY WORDS
Global warming, Post-Kyoto Protocol, Fund and Public corporation for fossil resources
ポスト京都議定書における化石資源専売制の提案
要 旨
本稿ではまず,UNFCCC及びIPCCの報告書や,近年の研究からの要請を前提として,世界のGHG排出量を2050年までに現状より50%以上削減することが可能なポスト京都議定書体制の必要条件を導出した.GHG排出の大幅な削減のためには,化石資源価格の上昇と,化石資源使用量の減少,発展途上国等のエネルギー転換を可能にするための基金が必要であることが導かれた.
次にこれらの条件を同時に満たすシステムとして,世界中で化石資源の専売を行い,化石資源価格の引き上げと,そこから生まれる資金を新たな基金としてエネルギー転換等を行う専売機構を考案した.
最後に,同機構と,国際排出権取引,国際炭素税の機能を比較した.
キーワード
地球温暖化,ポスト京都議定書,基金,化石資源専売制
1.はじめに
1.1 研究目的の設定
本研究の最終目的は,気候変動に関する国際連合枠組条約(UNFCCC)における京都議定書の目的が,気候系に対して危険な人為的干渉を及ぼさない水準で大気中のGHG濃度を安定化させ,現在及び将来の気候を保護する点にあることを鑑み,気温上昇を上記の水準で抑えることのできる能力を持つ,ポスト京都議定書体制のシステムを構築することにある.
2007年5月,安倍首相は世界全体のGHG排出量を2050年までに現状比で半減させるという長期目標を提案した.この発表の直後に開催されたG8ドイツサミットでもこの提案は評価され,「2050年までに地球規模での排出を少なくとも半減させることを含む,EU・カナダ・日本の決定を真剣に検討する」という文言で成果文書に反映された.
このため,「世界全体でGHG排出量を2050年までに現状より少なくとも50%削減」が今後世界の一つの大きなターゲットになると考えられる.本研究においても世界のGHG排出量の50%削減を将来目標とする.
しかしながら,今後気候変動の激化によりGHG排出削減要請がさらに強まる可能性がある.そこで,長期的な不確実性を前提に,必要なGHG削減が実現できる柔軟な体制を構想しなければならない.
1.2 京都議定書の経験をどう受け止めるか
京都議定書は,アメリカやオーストラリア,発展途上国,産油国などが協力的でない中,日本やEUを中心とした一部先進諸国の強い理念とリーダーシップにより,ぎりぎりの政治交渉と妥協の産物として作成されたものである.その構造は,排出権取引やCDMなどの経済的メリットを活用して協力的でない諸国を繋ぎ止めたものにすぎない図1(中). 発展途上国は,1991年の気候変動枠組条約の作成交渉の開始当初から団結して,温暖化における先進国の歴史的責任を問い,途上国のGHG削減義務を回避する主張を続けた.(竹内敬二1999)この風向きを変えるために設けたのがCDMという「ニンジン」である.あるいはロシアの協力を得るために,「ホットエアー」を設定せざるを得なかった.いずれも先進国に,途上国への投資あるいは排出権の購入という負担をもたらす.
ポスト京都議定書の設計に際しては,京都議定書のシステム的な欠点を明確に認識した上で,それを克服した新体制を設計しなくてはならない.図1に示されているように,京都議定書には,発展途上国,産油国,石炭産出国などの国益の主張が基幹システム内に取り込めていないという欠陥がある.新システムは,これら諸国の要求を正面から受けとめたものでなくてはならない.また,先進諸国の産業界からも,厳しいGHG排出量削減政策に対して痛烈な批判があるため,その要求に応えなくてはならない.
2.ポスト京都議定書の必要条件
本節においては,これまでの地球温暖化対策に関する国際的合意や,国際的な地球温暖化対策に関する研究が,ポスト京都議定書に求める要件を整理する.図2(大)
① 2050年においては,GHG排出量が現状から50%削減されているという本稿の目標と,IPCC第三次レポート第三部会報告中に書かれている,費用効率性を前提とするという将来体制に対する要件,及び現在の生活様式を変えることが難しいという同報告の指摘の3つを総合すると,2050年までのGHG排出の推移はSRESシナリオのA1Tに近い形をとると考えざるを得ない.
GHGが長期に渡って大幅に減少するSRESの排出シナリオはB1とA1Tである.このうちB1においては経済構造がサービスおよび情報経済に向かって急速に変化し,物質志向は減少し,クリーンで省資源の技術が導入されることを前提とする.しかし,生活様式の変化の困難性と,経済構造全体の変化にはエネルギー転換よりもより多くの費用がかかることを鑑みると,このB1は選択できず,この意味でGHGが長期に渡って減少するSRESシナリオはA1Tしか存在しない.
A1のシナリオは高度経済成長が続き,世界人口が21世紀半ばにピークに達した後に減少し,新技術や高効率化技術が急速に導入される未来世界を描いている.主要な基本テーマは地域間格差の縮小,能力強化(キャパシティービルディング)および文化・社会交流の進展で,1人当り所得の地域間格差は大幅に縮小するというものである.
A1シナリオファミリーは,エネルギーシステムにおける技術革新の選択肢の異なる三つのグループに分かれ,A1Tは非化石エネルギー源重視のシナリオである.ただし,このA1Tシナリオにおいても2050年におけるCO2排出量は約12GtCと1990年の1.7倍であるため,ポスト京都議定書体制が目指すエネルギー転換のタイミングおよびスピードはA1Tの想定より大幅にアップさせなくてはならない.
このように,ポスト京都議定書体制は化石エネルギーを非化石エネルギーに急速に転換させ化石資源の使用量を減少させることを必要条件とする.
②UNFCCCは,第三条において,公平性,共通でありながら差異のある責任,予防,費用効率性のある措置,持続可能な開発をする権利,そして,開放的な国際経済システムのサポートという原則を定めている.そしてIPCC地球温暖化第三次レポート第三作業部会報告は,これらの原則を集約し,三つの条件,費用効率性・公平性・地球規模の持続可能性と社会学習を提示している.
まず,「費用の効率性」を条件とするところから,現在の経済システムや諸文化の価値が可能な限り否定されないことが求められていると考えられる.そして,この費用効率性は,少なくとも,GHG排出削減,すなわち化石資源使用における効率性と,制度の執行における効率性を求めることになる.
次に,「共通でありながら差異のある責任」と「公平性」の原則は,少なくとも化石資源の使用に関する公平性と,発展途上国および資源保有国に対する特別の配慮に結びつくと考えられる.ここで問題になるのが,化石資源の使用に関する公平性とはどのようなものかである.「公平性」の原則と「費用効率性」から導かれる化石資源利用における効率性の要請を両立させるためには,より限界利益の高い生産活動に,化石資源利用を認めるということになる.すなわち,より高い価格で化石資源を購入する国に化石資源使用が認められることになる.この考え方は現在の経済システムと合致する.
「公平性」のためには発展途上国や資源保有国への配慮が必要であるが,先進国に対しても,何らかの形で産業転換に対する補助がなされていると考えられる.
そして,「公平性」の原則は,国家間のルール格差を最小にしようという考え方にも結びつく.
「地球規模の持続可能性と社会学習」という原則は,少なくとも,循環型社会の形成と,発展途上国を含むすべての国の経済発展,及び,社会の各分野の人々の地球温暖化対策に関する理解の深化を意味すると考えられる.循環型社会の形成のためには化石資源使用量の減少が必要条件であると考えられるが,化石資源使用量の減少と発展途上国の経済発展を両立させるためには,新エネルギー供給の増大が必要条件になると考えられる.そして,発展途上国において潤沢な再生可能エネルギーが供給され,また,公平性を保ちつつ化石資源使用量の削減が行われるためには,発展途上国に対する技術・資金の補助がなされていると考えられる.公平性のためには資源保有国や先進国に対しても,何らかの形で賠償や産業転換に対する補助がなされていると考えられる.
また「社会学習」の原則は,各国が国民に対し地球温暖化についての理解を深める広報を行うことにより,企業社会,市民社会の地球温暖化対策に対する理解が深まり,社会条件の変化がもたらされていることだと考えられる.
この原則により,化石資源価格の上昇が社会に受け入れられ,新エネルギー産業が育成され,新エネルギー産業に対する資金の供給が行われ,あるいは産業構造の転換に対し,産業界の協力が得られると考えることが可能になる.
UNFCCCの「開放的な国際経済システムのサポート」の原則は,少なくとも,自由貿易体制の維持と,ルール格差の最小化をもたらすと考えられる.
「費用効率性」の原則からもたらされる,化石資源の高付加価値利用と,この自由貿易,ルール格差最少の要請は,化石資源価格の世界一律の上昇を要請する.
③IPCCの第三次報告書第三作業部会報告の中で,GHG排出削減が技術的潜在能力どおりに行われない理由について①金融機関が資金を貸さない,②環境に対する害のような特定の影響(外部性)に対する市場価格の欠落,③ネットワークの外部性,④誤ったインセンティブ,⑤既得権益,⑥効果的な規制機関がない,⑦現在の生活様式を変えるのが難しい,⑧温暖化の被害に関する不確実性等を挙げているが,それらの障壁は,②で述べた「社会学習」の効果と,地球温暖化被害の増加,化石資源価格の上昇により取り除かれていくものと考えられる.
④近年の環境経済・政策学会において,帰属炭素税における炭素リーケージの問題(松本2006),排出権取引における遵守強制の困難さの問題(高村2007)が報告されている.
「開放的な国際経済システム」の要請からも,GHG排出量削減の実効性の担保という要請からも,税率を含むルールは出来るだけ均一にして炭素リーケージを防ぐべきである.また公平性の確保と最小の執行費用の実現のためには,システム的なモニタリング,報告,検証が,できるだけ手間をかけずできる体制でなくてはならない.世界共通の経済システムを用い,各国の義務の履行という問題を残さない体制であれば,なお良い.
そして,ポスト京都議定書体制が,地球温暖化への適応のための基金を生み出すものであることも望ましいと考えられる.
これら①から④で述べた,ポスト京都議定書の要件を,次の2表に示す原則 表1(小)と機能 表2(小)に集約して示す.
3.化石資源専売制
ポスト京都議定書のシステムとしては現在,京都議定書にも導入された国際排出権取引と,国際一般炭素税が主に議論されている.本節では,これまであまり議論されてこなかった専売制をポスト京都議定書のシステムとして導入することを試みる.
3.1 専売制導入の目的
専売制とは,国が財政収入の確保あるいは国民の公益をはかること等の目的により特定の物資について,生産,販売,または流通等の事業を独占する制度をいう.(大友 1968)本稿では,これまで国の財政収入の確保や,特定の産業の振興のために用いられてきた制度を,世界のGHGの排出抑制と,化石資源関連産業の縮小のために用いようとするものである.
化石資源の使用量の減少のために京都議定書で用いられた排出権取引は,化石資源との関係でいうと消費の規制を目的とするものであった.これと比較して,専売制は生産と消費を含む経済活動全般を最も強力に規制するものである.従って,世界経済を対象に専売制が認められるのは,人類共通の重要な目的を達成する必要がある場合に限られる.地球温暖化防止のための二酸化炭素排出量の抑制は,まさにここでいう人類共通の重要な目的である.
3.2 専売制の主体
専売制の主体は国家であることが通常である.しかしながら,ポスト京都議定書においては,上記の目的を達成するこれまで存在しなかった専売制の主体を組織しなくてはならない.
これまで,GHG排出削減を中心になって行ってきたのは国連と,UNFCCC締約国である.しかるに一方,これまで化石資源の生産・販売はOPEC諸国や,カナダ,ロシア,アメリカなどの少数の国家が中心となって行ってきた.また,専売制の導入でもっとも経済的な影響を受けるのは,化石資源消費国の企業や消費者である.そこで,この専売制の主体の意思決定には,少なくともこの三者の意思が反映されなくてはならない.この主体を仮に「世界化石資源公社(以下“公社”)」と呼ぶとすると,この公社の意思決定機関にはこの三者の利益代表が含まれ,国連が中心となって利害を調整しつつ専売制の運営を行っていくと考えられる.
また,専売制によって生まれた利益は,さまざまな目的の基金に配分されて各国に還流されなくてはならない.この機能はいずれ公社から切り離し,別組織として運営されることになるであろう.
3.3 独占の対象
公社が化石資源の独占と,それによる基金の創生と化石資源の使用量のコントロールを目的とする以上,公社を経由しない化石資源の自由な販売や流通はいっさい禁止されることが前提である.(吉永1963)公社が化石資源を獲得する形式としては,公社が直接資金を出して直接化石資源を購入する「直接的購買独占」と公社が特定の主体に依頼して商品を独占する「間接的購買独占」さらに公社が化石資源を自ら生産して独占する「生産の独占」の三つの形態が考えられる.(吉永1963)
上記の引用は,日本近代の専売制に関する文献からであるが,現代における商品の独占は,当該商品にかかわる企業を公社が所有するという形になり,化石資源の探索から採掘,精製,商品化,販売にいたる一連の工程の,どの部分を行っている企業を公社が直接に所有するのかという問題となる.公社が直接に運営を行う場合の人員や,技術の蓄積に必要なコストを鑑みるとき,公社としては,商品化された製品の独占購入と販売のみを行うと主張すると考えられる.しかしながらその場合,資源保有国側は将来の販売量や販売価格が保証されないため,独占販売権のみを公社に与えることには合意できず,生産部門を含めて購入せよという主張を行うことになると考えられる.
3.4 独占の方法
専売制は,国家権力の発現として行われるため,そのような権力をもたない公社が専売制を行うためには,各国が公社に化石資源関連企業を販売する,あるいは,購入,販売を独占的に公社と行うという意思表明をしなくてはならない.化石資源保有国と公社が,この合意を行うのは,化石資源保有国が長期にわたる安定的な収入を公社を通じて得るためであるし,化石資源消費国が公社とこの合意を行うのは,公社の利益の配分が補助金として国庫に入るからである.
3.5 公社の機能
公社の機能を簡単にまとめる. 表3(小) 図3(中)
表3の②に関して,公社は化石資源の購入価格または生産価格に,公社の必要とする資金量に基づいて計算された一定金額を上乗せして,販売価格を決定する.
公社がどの程度の金額を販売価格に上乗せするかを試算する場合,公社がエネルギー転換などに必要とする資金量を予測しなくてはならない.これは,非常に難しい予測であるが,例えばエネルギー転換のためには,単純な再生可能エネルギー発電プラントだけではなく、さまざまな再生可能エネルギー社会に必要なインフラの整備が必要であると考えられる.年間1兆ドル規模の資金が必要になると仮定すると,石油については、一バレル20ドルくらいの価格の上乗せが必要になると思われる.
1兆ドル(必要資金)/石油産出量 (約259億バレル/年)*0.6(炭素排出に占める石油の割合の概算)=23ドル
化石資源の使用量に対するコントロールは短期的に価格で行うことはできない.これは近年の石油価格の上昇が大きな使用量の減少に?がっていないことからも明白である.しかしながら,代替エネルギーへの投資とともに化石資源価格の上昇をもたらせば,中長期的にエネルギーシフトが行われると考えられる.
③に関して,公社は,発展途上国に現在の市況と同程度の安い価格で供給される化
石資源の量を,民生用途,主に暖房・炊事用途に限ると主張する.これに対し,発展途上国は,エネルギー転換を終えるまでの間に消費する化石資源について,先進国と同じコストを支払うことは産業用途であっても経済的に不可能であると主張することになる.この両者の交渉は,エネルギー転換速度を加速する交渉に?がり,さらに,公社は時限付きで発展途上国の主張を一部認めることになる.
④に関して公社は,各国政府に,資源保有国へ資源の対価及び人道的支援に対する支出を行なった後の残金を公平に還流する.先進国等が,公社からの資金をエネルギー転換等に使用しない場合,不利益を被るシステムが必要である.
3.6 専売制のその他の問題点
専売制が成功するためには下記の条件が満たされる必要がある.
①現在よりもかなり高い化石資源価格の維持
化石資源が,高付加価値製品である化学製品の原材料であること,あるいは航空業界など,現在の技術力では代替エネルギーが存在しない分野の需要のため,化石資源価格が上昇しても,公社の運営に必要な化石資源の需要は残存すると考える.(石井2007)
②化石資源保有国は長期間の分割による支払いを受け入れる
資源保有国が,生産設備等の権利を公社に移転する場合,公社は資源保有国に対価を長期の分割で支払うことになる.これは,支払い能力の問題と市場に一挙に多量の資金を流さないためである.特に利率などが問題になると考えられる.資源保有国が,公社と独占的な販売契約を結ぶのみの場合,この問題は起きない.
③各国の公社に対する信頼と協力の確保
化石資源の価格上昇の影響を最終的に受けるのは,各国の国民である.地球温暖化を止めるために,市民の一人ひとりが痛みを受け入れなくてはならないという世論の形成が必要である.さらに,化石資源に対する徹底的な管理の必要性に対する世界の共通認識と,公社が人類共通益のために設立され,理性に基づき運営されることに対する信頼感が必要である.
また,専売制を導入すると,市場原理が働かないため化石資源関連産業の効率化や技術の進歩が阻害されるという指摘がある.しなしながら,化石資源関連企業は,技術の比較的成熟した企業群であり,また,専売制のもとでも管理会計制度の工夫により効率の向上は可能であるので,この問題は大きな困難をもたらさないと考える.
4.専売制と国際一律炭素税および国際排出権取引制度の比較
まず,専売制が第二章で集約したポスト京都議定書の原則および機能を満たすか確認する.
①の人道性②の公平性は,満たされると考える.これは,専売制のもたらす利潤により,人道性,公平性目的の基金が作られるからである.
③の経済性についても,よく満たすと思われる.専売制は化石資源関連産業を強い統制下におくことになるが,化石資源価格の上昇により付加価値の高い活動に集中的に化石資源を使用させるので,製造業全般に対し市場原理に基づく化石資源の配分を行っていると言える.
世界を一つの専売制の下に置くことは,④の共通性を満たし,専売制においては現在の化石資源関連企業をそのまま利用できるので,⑤浸透性,⑥効率性についても高いと思われる.
専売制が表2のポスト京都議定書の機能を果たし得ることは明らかである.
一方京都議定書に採用された国際排出権取引制度は,第二章の最後に集約したポスト京都議定書のいくつかの原則に添っておらず,また,ポスト京都議定書の機能を果たすことができない.
まず,①の人道性については,困窮する国々に対する支援システムを含んでいないため十分とはいえない.
②の公平性に大きく影響を与えるのは,削減義務の初期配分である.制度に参加する諸国の総負担費用が削減義務の初期配分に大きく依存するからである.削減目標値の国家間の合意が難しいことはすなわち,公平性の実現が難しいということを意味する.
③限界費用が排出権価格よりも低い対策がすべて行われ,限界費用が排出権価格よりも高くなる場合に,すべての国において排出権の購入が行われるならば,排出量削減に係る総費用が最小になるという結論が導かれる.しかし現実の排出権価格は乱高下し,排出権が将来どの程度の価格になるか参加者に予想ができないため,各国は排出権価格を前提とする合理的な投資判断を行うことが難しくなる.排出権価格を高く予想した場合は,コストの高い対策が行われ,逆に排出権価格を低く予測した場合は必要な投資が行われない.このため,経済性についても問題がある.
⑤各国のGHG排出量の削減手法については,それぞれの国の判断にゆだねられており,各国が様々な方法を用いて排出量削減を柔軟に実行できることはメリットである.しかし,国内で排出削減方法を最初から検討し,国民や産業界のコンセンサスを形成した上で,排出量削減を実行しなくてはならない点で各国の負担は大きくなる.政権交代の可能な民主主義国家において,排出量削減を強行に実行しようとする政権は,他の政党に政権を奪われる可能性があり,政権政党の実行力にも限界がある.このように不遵守の可能性を残すという点でも国際排出権取引制度には問題がある.
国際排出権取引はまた,ポスト京都議定書に要求される機能のうち多くを間接的にしか果たすことができない.特に基金の創出が出来ないことが重要な欠陥である.
次に国際一律炭素税と化石資源の専売制を比較する.
世界化石資源管理機構システムと,“一律の国際炭素税で,ある国際機関が炭素税の一部を徴収し,別の観点から同意された衡平性の基準に沿ってその再配分を行う補完的措置を行うシステム”間に類似性がある.
しかし,国際一律炭素税と化石資源の専売制とでは,徴収された資金がどの主体の意思の下に配分されるか,という重要な点で違いが出てくる.
国際炭素税は,基本的に消費国の収入となり,消費国から国外に資金を移転する必要があるとすれば,議会の議決に従って税収の一部を世界の共通益のための基金に拠出するという形になる.しかしこれでは、基金の一部が必ず資源保有国の経済的損害の補填のために使われることが保証されない.それでは今後化石資源の販売が難しくなる化石資源保有国が,ポスト京都議定書体制の形成において協力的に行動するとは考えられない.公社を作り,そこに化石資源関連企業を買い取るという分かりやすい法形式の中で,化石資源保有国の既得権をある程度保証することによって,初めてポスト京都議定書策定において化石資源保有国の協力を得られると考える.
ポスト京都議定書の策定には,各国国民の合意の形成がなによりも必要である.国が炭素税という税金を徴収し,それを資源保有国に移転するということは,税金を「国民のための金」と考えている納税者の立場からは,税率が高くなればなるほど許容できなると思われる.そのため各国国民あるいは企業の反発をさけるためには,世界の共通益のために働く公企業である公社に化石資源の対価として支払いが行われ,その公企業によって資金が配分されるシステムにするべきである.
このように,化石資源専売制は国際排出権取引制度や国際一律炭素税と比較してもさまざまなメリットがあるので,日本政府を含めた各国政府は,この提案を一つのモデルとして,化石資源専売制の設計をスタートすべきである.
参 考 文 献
・後藤則行(1999) 「中国との共同実施の可能性」『環境経済・政策学会年報』年報第4号,126-144.
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・石井孝明(2004)『京都議定書は実現できるのか』,平凡社新書.
・伊藤 康(2004)「炭素税と環境技術普及補助金」『環境経済・政策学会年報』年報第9号,119-131.
・ 松本健一・福田豊生 「応用一般均衡分析を用いた帰属価格に基づく炭素税の 環境・経済分析:全産業部門への課税」『環境科学会誌19(2)』1-9.
・新澤秀則(1999) 「京都メカニズムの論点」『環境経済・政策学会年報』年報第4号,53-65.
・NIES/IGES.(2005), “The Future Climate Regime:Using the Scenario
Planning Approach to Develop Option”
・西澤潤一・上野 勲(2000),『人類は80年で滅亡する』,東洋経済新報社. (2005),『悪魔のサイクルへ挑む』,東洋経済新報社.
・大友茂雄(1968)「専売制度のはなし」『時の法令』670号,31-40.
・澤 昭裕・関 総一郎(2004),『地球温暖化問題の再検証』,東洋経済新報社.
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・諏訪亜紀(2006),“Soft Energy Paths in Japan: The Backcasting Approach
to Energy Policy Plan.
・高村ゆかり(2007)「京都議定書の順守制度の評価と2013年以降の将来枠組みにおける遵守制度」.
・竹内敬二(1999)「「危うい連合」と,その終焉」『環境経済・政策学会年報』 年報第4号,215-229.
・米本昌平(1994)『地球環境問題とは何か』,岩波新書.
・吉永昭(1973)『近世の専売制度』,吉川弘文館.
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・(2006) 「ポスト京都議定書への道」『月刊地球環境』2006年3月号,22-37.
表1 ポスト京都議定書の原則
①人道性: 人間の生存と最低限の生活に対する保障 ②公平性: 気候条件や資源,産業などの実情に配慮した公平な負担 ③経済性: 資源からより多くの価値を生み出す生産活動に依存 ④共通性: 各国間におけるルール格差の排除あるいは最小化 ⑤浸透性: 各国の不遵守の問題が生じない ⑥効率性: 最低限の組織と費用で実施可能 |
表2 ポスト京都議定書の機能
①化石資源使用量の減少 ②化石資源価格の世界一律上昇 ③新エネルギー供給増大 ④発展途上国に技術・資金の援助 ⑤資源保有国に賠償 ⑥先進国の産業転換のための基金の創生 ⑦地球温暖化への適応など人道支援のための基金の創生 |
表3 公社・機構の機能
①専売を行うために必要な範囲で、公社は各国と協働し、適切な補償のもとに化石資源採掘 、 精製、商品化、販売及び備蓄に関する組織を取得する。 ②化石資源の使用量管理のため、公社は化石燃料の販売価格を世界一律に管理する。 ③化石燃料の供給において、公社は発展途上国における国民の生存及び社会維持のために 必要とする使用量に関して、優先して適切な価格で供給する義務を負う。 ④各国の省エネ、エネルギー転換及び産業転換などに対して、公社は資金を貸付・供与するこ とができる。また地球温暖化による被害に対して人道的支援を行う。 |
表3 公社の機能
図1 京都議定書体制における資金の国際的な移動
図3 世界化石資源公社における資金の国際的な移動