ベーリング海峡ダムおよび世界みどり公社の提案

 

山口克也
山口総合政策研究所
連絡先:katsuya@bigfoot.com
キーワード:北極海、ベーリング海峡、ポスト京都議定書

 

1.はじめに

近年夏期の北極海における海氷面積が大幅に減少しており、その減少速度は、地球温暖化に伴う北極海の変化として過去に予想されたペースを大幅に上回っている。この北極海の海氷面積の減少に大きく寄与したのが、ベーリング海峡から北極海に流れ込む、夏期の高温の太平洋水であるため、私は、ベーリング海峡にダムをつくり、この太平洋水を止めて北極海氷を回復するべきだという提案をかねてより行ってきた。一方、ベーリング海峡を通る太平洋水は、北極海における高密度水の形成や、北大西洋における海水の沈み込みにとって重要であるという報告がなされている。私はベーリング海峡ダムを、夏期の高温水のみを遮断し、その他の時期の太平洋水を通過させるものとして設計することにより、地球環境への影響を最小限に抑えつつ、北極海の海氷を回復することが可能だと考え、ここに提案したい。早急に、本ダムの、海流、塩熱循環、海氷面積、気温、生態系等への影響のシミュレーションと、ベーリング海峡付近の地形、地質調査を行うことを提案したい。
ベーリング海峡ダムの建設をはじめ、大規模な地球温暖化防止施策の実施には、地球益のために使用できる膨大な費用が必要である。この費用を賄うために必要となるのが、世界みどり公社(化石資源の専売公社)である。この公社のシステムについても概説する。

2.ベーリング海峡からの太平洋水の流入と北極海の海氷減少

 2006年12月、米国立大気研究センターとワシントン大学は、北極海海氷面積の減少速度が大幅に加速しており、早ければ2040年の夏に北極海氷は完全消滅する可能性があるという予測を公表したが、2007年9月には、北極海の海氷面積は観測史上最小値の425.5万平方キロメートルまで減少した。
海洋研究開発機構(JAMSTEC)は、この海氷面積の減少について、IPCC第四次報告書で予測されている北極海での海氷の減少を大幅に上回るもので、これまでの予測モデルでは、北極海で起こっている現象が十分に表現されていないことを示している、とコメントしている。
 JAMSTECの研究者はこの海氷の減少について次のように説明している。

1997年のエルニーニョを契機として、太平洋からベーリング海峡を通って北極海に流れ込む海水の温度が上昇し、それにともなって、北極海の太平洋側の海氷の急速な減少が生じた。海氷で閉ざされた海域に生じた巨大な開口部(ポリニア)の海中には、太平洋由来の高温の海水が滞留していた。また、沿岸の海氷が減少したため、摩擦が減って海氷が動きやすくなり、北極海全域にわたる大規模な海氷の運動が生じ、これが太平洋からの海水の流入を加速している。さらに、北極海内部に広がった脆い氷が早期に融解したため、海面が太陽光を吸収して温度が上昇し、さらに海氷減少を加速している。北極海から大西洋に放出される海氷も増加している。

 東京大学気候システム研究センターは、北極海から海氷が消えることが地球気温に与える影響のシミュレーションを行った。同センターの阿部彩子博士は、15年で北極圏の気温が15℃上昇、地球全体の気温も2℃上昇すると報告している。
 北極圏の気温が上昇すると、永久凍土中のメタンハイドレート、あるいは北極海に広範囲に広がる浅い大陸棚に存在する膨大な量のメタンハイドレートが崩壊し、地球温暖化をさらに加速させる可能性がある。

3.ベーリング海峡からの太平洋水が北極海で果たしている役割について

 北極海の海水は、温度と塩分濃度の違う、いくつかの層から成っている。一番深層の水深1500m以深には、低温・高塩分の北極海深層水があり、その上の深さ1500mから250mくらいまでに、一番量の多い、大西洋から流れ込んだ、高温、高塩分の海水層がある。その上250mから100mぐらいまでに、冷たくて、大西洋水よりも塩分濃度の低い太平洋から流れ込んだ冬季水があり、その上、水深100mから30mに、温かくて塩分濃度の低い、太平洋から流れ込んだ夏期水がある。一番上の層に、海氷が融けて出来た塩分濃度の低い海水や、河川水が存在し、ここが凍るのである。北極海の氷はこの海の複雑な海水の構造の産物であり、現在の北極海では、この上から二層目の夏期の太平洋水の温度が上がり、量が増えたため、最上層が凍らなくなったという問題が発生している。

 JAMSTECの伊東素代博士は、冬季に太平洋からベーリング海峡を通して流入する海水が、北極海最大級の沿岸ポリニア(バローポリニア)を通過する際に冷やされて海氷を形成し、高塩分のブラインが排出され、太平洋冬季水は、このブラインを含んで重くなり、北極海の中層に広がり、下層の大西洋水の膨大な熱量が表層に影響し、海氷融解が促進するのを防ぐバリアーの役割を果たしているという。伊東博士はさらに、2003年以降は、バローポリニア直下の海水温が結氷温度よりも0.5~1.0℃高く、ポリニアが開いても活発な海氷形成が起こらず、ブラインの排出が減り、太平洋冬季水の性質が変化している可能性があると指摘している。

ベーリング海峡からの太平洋水がなくなると、大西洋北部の海水の沈み込みが増加し、大西洋北部の気温が上昇するというアメリカ大気研究センター(NCAR)などの研究者による論文が、Nature2010年2月号に掲載された。要旨は下記のとおりである。

最近の氷河期の間、約20-30mの海水面の変動が常に起こっていた。この海水面の変動は主に北半球の氷床の量の変化によりもたらされているが、この変動は太陽放射の影響だけがその原因だとすることはできない。ここで我々は、
ベーリング海峡が海水面の低下によって、閉鎖または、水流が少なくなった際に、比較的塩分濃度の低い太平洋水が大西洋北部に流れ込まなくなって、北部大西洋の表層水の塩分が高くなることを考慮に入れた気候モデルを用いた。北大西洋の海水の沈み込みが活性化すると、海洋のコンベアベルトによる北方向への海水の流れと熱移動が活性化され、北アメリカとヨーロッパにおける氷床の融解につながる。我々のシミュレーションによると、海水面の上昇によりもたらされるベーリング海峡の再開は、太平洋からの比較的塩分濃度の低い海水を北部大西洋にもたらし、海洋のコンベアベルトを弱め、温度を下げて、北半球における氷床の拡大をもたらす。我々は、このサイクルの繰り返しが、最近の氷河期に観察された海水面の変動をもたらしたと結論する。

4.ベーリング海峡ダムについての論考

伊東博士の指摘の通り、北極海において、太平洋からの流入水は、大西洋水と、海面の低塩分水の中間に存在し、大西洋水からの熱が海氷の形成を阻害することを防いでいる可能性がある。従って、太平洋冬季水については、ベーリング海峡から北極海に流入させないわけにはいかない。
ついで、NCARの研究についてであるが、この論文が指摘する、ベーリング海峡の流量が、北大西洋における海水の沈み込みに影響を与え、地球の温度を変化させるというシステムは、数千年継続する気温の上昇と下降を生み出すシステムである。現在の北極の氷の減少と北極地方の温度上昇という事態は、数十年というタイムスパンで生じている現象で、そもそも、NCARの論文との関係でいうと、ベーリング海峡に大量の太平洋水が流れている時に、北極が温暖化することは、NCARの論文で想定されていない。

ひとまず、流入する高温水を止め、北極海に海氷を回復させてから、ベーリング海峡にやってくる太平洋水の温度が低い時期を狙って海水を北極海に流すという作業を行う必要がある。
早急にベーリング海峡ダムの、海流、塩熱循環、海氷面積、気温、生態系などへの影響のシミュレーションと、ベーリング海峡付近の地形、地質調査を行うことを提案したい。ベーリング海峡付近は年に数カ月しか工事を行うことのできない気候の厳しい場所で、しかも幅85km深さは最深部で60mと、人類がこれまでに経験したことのない難工事となるが、北極海の海氷の減少を放置する危険を鑑みるとき、これは人類が乗り越えなくてはならない試練であると考える。

尚、2009年夏の北極海の海氷面積は、2007年と比べて若干回復している。これをもって、北極の危機は去ったなどと言われる方もいるが、それは誤りである可能性が高い。1997-8年、2006-7年の太平洋高温水は大規模なエルニーニョによってもたらされた。2009-10年には強いエルニーニョがなかったので、太平洋水の温度が上昇せず、海氷が一時的に回復したと考えられる。

5.世界みどり公社について

 ベーリング海峡ダムを建設するための費用を見積もる方法は現在存在しないが、100兆円をはるかに超え、数百兆円に及ぶ可能性がある。この規模の資金を集めることのできる手法が、私の提案する(仮称)世界みどり公社である。
世界みどり公社とは、国連のもと、地球温暖化を防止するため、世界の化石資源(石油・石炭・天然ガス等)関連企業を統合した、化石資源の専売公社であり、化石資源の使用に伴って大気中に排出される二酸化炭素を削減するために、化石資源の販売価格を調整し、その専売利益を地球温暖化の緩和・適用に必要なさまざまなプロジェクトに供給する。

世界みどり公社は次の機能を持つ

  1. 販売価格の管理を行うために必要な範囲で、公社は各国と協働し、適切な補償の下に化石資源採掘、精製、燃料化、原材料化及び備蓄に関する組織を取得する。
  2. 化石資源の供給において、公社は発展途上国における国民の生存及び社会維持のために必要とする使用量に関して、優先して適切な価格で供給する義務を負う。
  3. 化石資源の使用量管理のため、公社は化石資源の販売価格を全世界一律に管理する。
  4. 各国の省エネルギー、エネルギー転換、産業転換に対し、また、国際機関の行う、さまざまな地球規模のプロジェクトに対して、公社は資金を貸付・供与する。また地球温暖化の被害の救済などにも資金を供給する。

世界みどり公社は、人道性、衡平性、経済性、共通性、浸透性、効率性の原則の下、上記の機能を果たす、社会的共通資本である。

世界みどり公社は、単に資金を集めるシステムではない。公社は世界の地球温暖化を止めようとする意思を体現したものであり、それに世界中の人々が資金を供給することによって実行力を与えるものである。近年地球炭素税について真剣に検討されるようになったが、地球炭素税を導入する場合、ボーモル・オーツ税の系統に属するものになる。税率を試行錯誤的に決め、何度も変更しなくてはならないのがこの税の特徴である。190を超える国々の国会で、何度も地球炭素税の税率について議決することは事実上不可能である。そこで、制度として、税よりも専売制という手法のほうが合理的だと考えられる。また、排出権取引制度は、国や国際機関が新しく行うプロジェクトに必要な資金を生み出すためには使いにくい手法である。

 国際エネルギー機関(IEA)は、2050年までに温暖化ガスの排出を50%削減するためには、エネルギー分野だけで45兆米ドルの投資を2050年までに行わなくてはならないと試算している。
世界みどり公社が必要な資金が年間100兆円とすると、二酸化炭素を排出した者の負担は、炭素使用量1トン当たり約1万円となる。

 

世界に必要

世界みどり公社 ベーリング海峡ダム

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